はじめに

  • 今から120年以上も前に、騎馬でユーラシア大陸を横断するという壮挙を成し遂げた人がいました。日本陸軍の福島安正中佐です。中佐は、明治25(1892)年2月11日に赴任地ドイツの首都ベルリンを騎馬で出発し、翌明治26年6月12日にウラジオストックに無事到着しました。全行程14,000㎞に及ぶ、1年4ヶ月(488日)の大冒険旅行でした。
    その間、盜賊が出没する危険な森林地帯や恐ろしいコレラが蔓延する村々を通過し、零下50度にもなる極寒のシベリアを馬で横断しました。この前人未到の快挙を可能にしたのは、福島中佐の頑健な身体と不屈の精神力であったことは言うまでもありませんが、それにしても、交通手段や通信機器の発達した今日でさえこれほどの大冒険には相当な困難を伴うはずです。維新後わずか20数年しか経っていなかったことを考えるとき、身を以て世界の情勢をつぶさに見聞し収集しようとした明治時代の先人の活力には頭が下がります。平和は周囲から与えられるものと勘違いしている現代の日本人の一人として、大いに考えさせられます。

    本文の底本は、天囚西村時彦(ときつね)著作による『單騎遠征録』です。福島中佐から聞き取ったという前提で冒険騎行の詳細を記述したものですが、漢語表現を多用した美文調の文語文で書かれていてそのままでは読み取りづらいところもありますので、管理人自身が読んでわかる範囲で現代文にしてみました。そして、原文には句読点がほとんどありませんので、読みやすくするために、文脈から判断して適当と思われる箇所に句読点を付けました。章立てや項目立てについては、原本の構成や記述順序を尊重しながら、割愛したり区切り方を変更したりした部分が多少あります。また、福島中佐は出発時にはまだ少佐で、旅の途中で中佐に昇進したのですが、本頁では原文に従って最初から「中佐」と記述しています。なお、途中挿入の絵や写真は単なるイメージであり、本文の内容と直接関係するものではありません。

    明治時代の日本語表記に詳しい方がご覧になると間違いだらけかも知れません。現段階では他の訳本や関連書籍によってつぶさに検証することまではできておりませんので、内容的な勘違いや誤解をしている部分もあろうと思われます。お気づきの点につきましては管理人アドレス〔tankiensei@gmail.com〕宛てにお教えいただければ幸いです。

    現在はまだ中佐の足取りを追う途中の段階ですが、現代語に書き直したものから順次アップしていく予定です。では、福島中佐の足跡を追って、仮想的冒険の旅に出かけましょう。 …

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